社会政策学会賞 選考委員会報告




 

第3回(1996年)学会賞

選考経過報告

【委員の選任】
 本年度の学会賞選考委員会は、1996年12月14日の第6回幹事会において選任された相沢与一、岩田正美、山本潔、下山房雄、二村一夫の5会員によって構成された。なお、選考委員の任期は規定によって2年と定められているが、全員が同時に交代すると委員会としての継続性が確保し難いので、今回に限り委員2人(下山、二村)の任期は1年とされた。また、今回から、前年度の学術賞の受賞者に任期1年の委員を委嘱することとなった。したがって来年度からは、毎年、任期2年の委員2人と前年度学術賞受賞者が、新たに選考委員会に加わることになる。

【第回1選考委員会】
 1997年2月8日、第1回学会賞選考委員会が一橋大学で開かれ、委員長に二村を選出すると同時に、以下のような選考手順と選考方針を確認した。
〔選考手順〕 
 1) 幹事全員および前回までの受賞者全員に、次回の選考委員会までに、候補作品の推薦をもとめる。その際、参考資料として会員から提出された「業績リスト」の原稿を添付する。
 2) その上で、3月31日に第2回選考委員会を開いて候補作品を決定する。
 3) 最終決定は、4月29日に開く第3回委員会においておこなう。
〔選考方針〕
1) 選考委員の作品は審査対象としない。
2) 受賞資格の入会後3年は、表彰のおこなわれる春の大会を基準とする。すなわち、94年春の大会時以前に入会した会員を有資格とする。
3) 96年1月1日から12月31日までに刊行された作品を対象とする。
4) 単行書だけでなく、論文も審査対象に含める。
5) 研究分野のバランスを考慮する。

 第2回選考委員会
97年3月31日、第2回選考委員会を法政大学大原社会問題研究所で開いた。当日は、候補として推薦された作品だけでなく、「業績リスト」に掲載された会員の著作を実際に見ながら選考し、候補作品として次の7点を決定した。
 ☆ 金鎔基「韓国の自動車A社における人事制度改革」(上)(下)『大原社会問題研究所雑誌』450号、451号
 ☆ Kumazawa Makoto(熊沢 誠), Translated by Andrew Gordon & Mikiso Hane
Portaits of the Japanese Workplace; Labor Movements, Workers, and Mamagers Westview Press
 ☆ 庄谷 怜子『現代の貧困の諸相と公的扶助・・要保護層と被保護層』(啓文社)
 ☆ 永野  仁『日本企業の賃金と雇用・・年俸制と企業間人材配置』(中央経済社)
 ☆ 中村 圭介『日本の職場と生産システム』(東京大学出版会)
 ☆ 藤井 良治『現代フランスの社会保障』(東京大学出版会)
 ☆ 法政大学比較経済研究所・松崎義編『中国の電子・鉄鋼産業・・技術革新と企業改革』(法政大学出版局、3月刊行)のうち、李捷生会員執筆分。
 なお上記の他に、大塩まゆみ『家族手当の研究』(法律文化社)が候補として推薦されていた。作品そのものは、今後の活躍が期待される研究者を表彰する奨励賞に相応しい業績であるとして高く評価されたが、大塩会員の入会が1994年11月で「入会後3年以上」という学会賞の規定を満たさなかったため、残念ながら対象外となった。また、社会保障・社会福祉・生活分野に関しては候補作品が少ななかったため、各選考委員があらためて論文等を検討した上で、候補作品の追加があり得ることも確認された。

第3回選考委員会
1997年4月29日、神田・学士会館で最終選考をおこない、つぎの作品を第3回社会政策学会学術賞および奨励賞として決定した。
学術賞
 ☆ 熊沢 誠 会員
Kumazawa Makoto, Translated by Andrew Gordon & Mikiso Hane
Portaits of the Japanese Workplace; Labor Movements, Workers, and Mamagers Westview Press
奨励賞
 ☆ 李 捷生 会員
法政大学比較経済研究所・松崎義編『中国の電子・鉄鋼産業・・技術革新と企業改革』(法政大学出版局)のうち、李捷生会員執筆分。
 ☆ 庄谷 怜子 会員
『現代の貧困の諸相と公的扶助・・要保護層と被保護層』(啓文社)

 学術賞に選ばれた熊沢誠会員のPortaits of the Japanese Workplace; Labor Movements, Workers, and Mamagers は、1993年に、ちくま学芸文庫の1冊として刊行された、熊沢誠『新編 日本の労働者像』の全訳である。内容的には、1981年に筑摩書房から刊行された『日本の労働者像』から5編、同じく筑摩書房から1986年に刊行された『職場史の修羅を生きて』から4編を選んで再構成されている。この『新編 日本の労働者像』に収められた各作品は、おそらく数多い戦後労働問題研究のなかでも最も数多い読者を得たもので、戦後労働問題研究を代表する業績といってよい。
 問題があるとすれば、日本語ではすでに1980年代に刊行されていたものを1996年度の作品として賞の対象とすることの可否だけであった。これについては、翻訳作業は、それだけでひとつの学問的な営みであり、しかもその作業は訳者のアンドルー・ゴードン教授だけでなく、熊沢会員もパートナーとして加わっており、本書は日本語版とは異なった独立した作品と判断してよいという結論に達した。
 日本語以外の言語で日本の労使関係を論ずる書物は少なくないが、多くは「日本的労使関係」の積極面を論ずるか、あるいは否定的側面だけを強調する作品が主である。そうしたなかで、この書物は、日本の労使関係の「光と陰」をきめ細かに検討し、日本語を読めない読者に日本の労使関係研究のひとつの到達点を示すものとなっている。本書が、多くの読者を得て、日本における社会政策研究の達成水準の高さを知らせることは大きな意義があるとして、学術賞に決定した。

 奨励賞と決定した李捷生会員の作品は、李会員の単独書ではなく、法政大学比較経済研究所の松崎義会員の編集になる『中国の電子・鉄鋼産業・・技術革新と企業改革』(法政大学出版局、3月刊行)のなかで、李会員が執筆された2つの章、すなわち後編「鉄鋼産業・・企業改革と能率問題」のうち「企業改革」および「経営主体」について論じた2つの章である。研究対象となった首都鉄鋼公司は、北京を中心に、香港やアメリカにも子会社を有し、鉄鋼生産以外にも重機、精密機械、電子部門、建設業から銀行や学校、流通部門などを傘下にもつ一大複合企業で、福利部門や党組織関係の人員まで含めた従業員総数は実に26万人にも達する巨大企業である。李会員は、この巨大企業が、「経営請負制」の導入などにより自力で企業改革に取り組み、さまざまな問題をのりこえて経営自主権を拡大し、多角化をすすめて成功をおさめた経緯を詳しく紹介、分析している。企業経営組織だけでなく、政府との関係、企業内外の中国共産党系列の組織の関係の推移など、類書では得られなかった貴重な情報を多く含んでおる点すぐれてインフォーマティブであると同時に、中国の経済改革の道筋について明快な歴史的分析を加えていることが高く評価された。

 もうひとつ奨励賞に選ばれたのは、庄谷怜子『現代の貧困の諸相と公的扶助』である。この作品は、1965年から30年余をかけて実施された27の社会福祉調査に基づく研究である。第1部は「世帯類型からみた要保護層の生活実態」、第2部は「農山村に於ける要保護層」、第3部が「大都市縁辺グループの生活と社会保障の機能」の3部から成っている。庄谷会員は、「要保護層」という概念を用いて、生活保護をうけている「被保護層」の周辺に保護を必要とする人びとが大量に存在しており、しかもこうした「要保護層」は、生活保護行政によって「稼働能力のある被保護者」や外国人が意識的に排除された結果生まれたものであるとし、国家による貧困政策そのものをするどく批判している。調査対象として取り上げられたのは、在宅重度障害者、母子世帯、児童養育世帯、農山村の要保護層、ドヤ街の日雇い労働者や外国人労働者などで、現代日本の貧困が、多面的な「要保護層」の生活実態を通じて解明されている。ただ、これらの実態調査により明らかにされた事実の意味を普遍化し、理論化する点が弱いのではないかとの指摘があった。ただ、そうした問題は今後の研究において深められることを期待し、奨励賞と決定した。
選考委員長 二村一夫
                              以上