社会政策学会賞 選考委員会報告


 

第16回(2009年)学会賞受賞作

学術賞
該当なし
奨励賞
枡田大知彦『ワイマール期ドイツ労働組合史』立教大学出版会
山田壮志郎『ホームレス支援における就労と福祉』明石書店


第16回(2009年)学会賞選考報告

社会政策学会賞選考委員会

委 員 遠藤公嗣(委員長)、佐藤忍、竹内敬子、三重野卓、室住眞麻子

1 選考経過

第16回学会賞選考委員会報告 2010年6月18日
1 選考経過
   2009年10月30日に開催された幹事会にて、選考委員5名が委嘱された。翌10月31日に、第1回選考委員会を開催し、互選で遠藤公嗣を委員長に選出した。また、選考の基準と候補作の検索方法について、昨年度委員会の決定を踏襲することを確認した。すなわち、選考の基準とは、第1に、会員の単著に限定すること、第2に、奨励賞は「若手」に授与するが、その「若手」とは年齢で区切らずアカデミック・キャリアで判断すること、第3に、学術賞は複数受賞がありうるが、2点を上限とすることが適当であろうこと、であった。また、候補作の検索方法とは、会員名簿にもとづいて、新刊書のDBを用いて検索を行うこと、そのために学会賞予算を一部充当することであった。
 ニューズレターの第7号および学会ホームページで、学会賞候補作の推薦(自薦含む)を募った。その結果、2名の会員から1点の推薦があり、1名の会員から1点の自薦があった。
 2010年1月に、学会賞受賞資格である会員歴3年以上(2010年6月19日現在)の会員名簿の作成を、ワールドプランニングに依頼した。条件合致の会員は1040名であった。この1040名の名簿をもとに、国会図書館DBおよび2つの大型書店の書籍検索DBに会員名を入力し、2009年1月から12月に刊行された会員の単著を検索した。この結果、57点の単著がリストアップされた。
 57点から、委員で手分けして、市販されていない著書、過去に学術賞を受賞した会員の著書、実務書、新書、教科書、入門・概説書、随想、であることが明らかな著書を確認して、これらを除外した。その結果、推薦(自薦含む)2点を含む26点が残った。
第2回選考委員会は3月6日に明治大学にて開催した。26点の著書すべての現物を持ち寄って議論し、この中から、最終選考に残すべき著書を絞り込んだ。
 その結果、最終選考に次の著書を残すことを決定した。

学術賞候補作3点
武川正吾『社会政策の社会学』ミネルヴァ書房
河合克義『大都市のひとり暮らし高齢者と社会的孤立』法律文化社
矢野聡『保健医療福祉政策の変容』ミネルヴァ書房

奨励賞候補作4点
枡田大知彦『ワイマール期ドイツ労働組合史』立教大学出版会
山田壮志郎『ホームレス支援における就労と福祉』明石書店
林祐司『正社員就職とマッチング・システム』法律文化社
斎藤悦子『CSRとヒューマン・ライツ』白桃書房

 これらの候補作を委員全員が精読し、候補作それぞれの評価メモを作成するとともに順位づけをして、第3回選考委員会に持ち寄ることとした。
 なお、次の著書は最終選考には残らなかったものの、意義ある優れた著書として高く評価された。
白波瀬佐和子『日本の不平等を考える』東京大学出版会
中村眞人『仕事の再構築と労使関係』御茶の水書房
布川日佐史『生活保護の論点』山吹書店
 第3回選考委員会は5月8日に明治大学にて開催した。各委員が作成した評価メモと順位づけをもとに議論し、以下のように受賞作を決定した。

学術賞
該当作なし

奨励賞2点
枡田大知彦『ワイマール期ドイツ労働組合史』立教大学出版会
山田壮志郎『ホームレス支援における就労と福祉』明石書店

2 奨励賞選考理由

枡田大知彦『ワイマール期ドイツ労働組合史−職業別から産業別へ』立教大学出版会
本書は、ドイツ・ワイマール期の労働組合におけるいわゆる「組織問題」の展開と帰趨を、労働組合内部資料等の第一次資料に基づいてきわめて精緻に分析したものである。職業別組合から産業別組合への組織的再編成の大会決議の不履行という不可解な史実の謎解きをとおして、この時代特有の歴史的位相を浮き彫りにしている。「組織問題」を「混在型経営」との関連性のなかでダイナミックに解明するとともに、「統一組合」への曲折した道筋を提示している。とりわけ運動の底流にある労働組合指導者たちの信念・保身・軋轢・確執・変節といった人間模様がリアルに生き生きと描かれている。いわば当事者的な視点から再構成された労働組合運動史である。ワイマール期労働組合研究史の空白を埋める労作であるといってよい。とはいえ、労働組合の組織間関係に分析の焦点が置かれてしまい、労使関係の実態との関連性が見えづらくなっている点は残念であるし、また現在のわれわれが抱える今日的課題との接点についても希薄であるといわざるをえない。

山田壮志郎『ホームレス支援における就労と福祉』明石書店
本書は、ホームレスという極めて現代的なテーマを扱っており、先行研究のレビューをおこない各種の統計調査結果も利用したうえで、山田氏が独自に深く関わった事例調査の結果をおもに利用した、山田氏の熱い気持ちが感じられる研究業績である。事例調査の主な対象は、自立支援センターの利用者および生活保護制度にかかわったホームレスである。そして、当事者であるホームレスの多様性と基礎的ニーズを踏まえた住宅、仕事、関係性、の三者の確保と回復を目指して、「就労と福祉の複線的アプローチ」に基づく施策の再構成を著者は提言している。しかし、計量分析の実施、聞き取り調査事例数の増加、調査結果のさらなる論理化、などが今後の研究でさらに求められるように思われる。また、国によるホームレスの定義から抜け落ちるため対策の対象とならない若年ホームレス、例えば「ネットカフェ難民」などについても、研究を広げられることを期待したい。

他の最終選考候補作について、簡単な講評を付加する。

武川正吾『社会政策の社会学』ミネルヴァ書房
本書は、武川氏の30年近い研究歴から生まれた論文から13本を武川氏がえらんで収録し、新たに序章と終章を書きおろしたものである。全体は「社会政策の理論」「社会政策の応用」「社会政策の実証」のV部構成であり、その研究スケールの大きさを示している。また、各論文の最後に追記を設けて、論文を自ら解説し位置づけていて、読者に便利である。本書は、社会学的な社会政策研究の同時史としての意味があり、社会政策を研究するものにとって必読の著書であると思われる。しかし、全体として論文集の性格をもち、その体系化にはやや疑問があるし、現在ではやや古くなった議論も残っている。13本の論文をもとにしつつも、記述と構成を全面的に改訂し体系性をととのえた著書としたならば、より良い著書になったのではないかと思われ、残念である。

河合克義『大都市のひとり暮らし高齢者と社会的孤立』法律文化社
本書は、東京都港区および鶴見区に居住しているひとり暮らしの高齢者の「社会的孤立」に関する訪問調査の結果を分析し、それに基づいて「社会保障・社会福祉の方向性」および「住民福祉活動への提言」を行っている。調査結果については全体的な分析に留まらず、事例分析もおこない詳細である。本書が明らかにした「孤立状態にあると判断されるひとり暮らしの高齢者が港区で1割半、鶴見区で3割」という調査結果は、数量的計測として重要な「発見」の1つである。しかし、高齢者の社会的孤立についての2000年代以降の諸研究も先行研究として参照する必要があったと思われるし、悉皆調査の結果を含む貴重な調査結果であっただけに、たとえばクラスター分析など計量分析の手法を利用する必要があったと思われ、惜しまれる。

矢野聡『保健医療福祉政策の変容』ミネルヴァ書房
本書は、1980年から2006年に至る四半世紀間に及ぶ日本の保健医療福祉政策について医療および福祉サービスの提供者集団、官僚、学者等の専門家、政治家・政党、経済界、マスメディアなど「社会的アクター」の動きから分析したものである。従来の分析が、政策の「受益者」である「一般の人々」や「患者」の側から捉える視点が多かったことからすると、本書のこのような視点は非常に興味深く重要である。しかしながら、「社会的アクター」の動きの分析が文書資料の分析のみにとどまっていて、各アクターへのインタビューなどがおこなわれていないことは、惜しまれる。また「新政策集団」はサブタイトルに含まれ分析軸でもあるが、それはどのような集団なのか、より明確化する必要があったと思われる。

林祐司『正社員就職とマッチング・システム』法律文化社
本書は、正社員雇用を中心テーマとして、その意義の理論的考察、若年労働政策、大学生への就職支援と大学企業間ネットワーク、正社員登用、の分析をテーマとした著書である。現在のホットイシューの分析であり、計量分析もほぼ適当である。しかし、全体として議論と分析の踏み込みがやや浅いこと、また、たとえば、性別での違いの分析や、特定地域の分析結果への留意などに、課題が残ったと思われる。

斎藤悦子『CSRとヒューマン・ライツ』白桃書房
本書は、CSR(企業の社会的責任)を、ヒューマン・ライツへの配慮に焦点を合わせ、企業文化論のアプローチを援用しながら、ジェンダー平等、ワークライフバランス、障害者雇用という3つの側面について分析している。現代的問題にふさわしい重要な論点と示唆と提言を多く含む意欲的で挑戦的な著書と評価できる。しかし、調査の分析がやや表面的であり、提示された方法論が調査の分析に生かしきれていないことと、キー概念相互の関係などにあいまいな点が残ることなどが、惜しまれる。

3 あきらかとなった注意点

 選考の過程で、新刊書DBの検索についての注意点があきらかになった。まず国会図書館DBは、納本の遅い出版社があるため1-2月段階では不完全であり、学会賞のための検索に不適であることが判明した。他方、大型書店の書籍検索DBも、入力された氏名にDBによって旧字体の場合と新字体の場合があるようであり、今後の著書検索作業にあたっては、旧字体の会員名の検索に注意を要することが判明した。

以上